【キットレビュー】ハセガワ 1/72 F-15J

かねてより製作を進めていたハセガワの1/72スケールキット、F-15Jが完成しました。

実機について

F-15はアメリカのマクドネル・ダグラス社が開発した戦闘機です。

1950年代より、レーダーとミサイルの登場により、戦闘機は次第に格闘能力よりもミサイルを運搬・発射する能力が重視されるようになりました。

「ミサイルによる遠距離からの攻撃で戦闘を終わらせる」、ミサイル万能論と呼ばれたこの運用思想によって数々の戦闘機が開発されました。この代表格がF-100をはじめとするセンチュリーシリーズです。

McDonnell F-101A (S/N 53-2425) from Bergstrom Air Force Base, Texas. (U.S. Air Force photo):パブリックドメイン

しかし、ミサイル技術が未発達であったため、電子機器の信頼性が低く、ミサイルの命中率も低いものでした。加えて敵味方識別装置が存在しなかったため、味方機を誤射することもありました。こうした事態を防ぐ目的で「攻撃前に必ず目標を視認する」という交戦規定が定められました。この結果、ベトナム戦争などで旧世代機に格闘戦に持ち込まれた苦戦を強いられる事態が発生しました。

1960年に運用を開始したF-4ファントムⅡもミサイルキャリアーとして開発されたため、機関砲を搭載しない機体ではありましたが、他のセンチュリーシリーズに比べ機動性に優れたため、格闘戦にどうにか対応できました。とは言え、フラットスピンに陥りやすい空力特性を持つため、激しい空中機動は不向きな機体でした。

こうした教訓から、アメリカ空軍は機動性、運動性に優れる制空戦闘機の必要性を痛感し、1965年4月に次期主力戦闘機F-Xの計画を進めることになります。この計画で誕生した戦闘機がF-15です。

大型の機体に強力なエンジンを備えたことで保守的な設計ながら優れた機動力を実現し、高性能なレーダーを装備する高性能な制空戦闘機として1972年から配備が始まりました。

1981年、航空自衛隊でもF-15Jとして採用され、三菱重工業をはじめたした日本の民間企業によるライセンス生産により、213機が製造されました。C型をベースにしていますが、アメリカ議会の反発を受け、一部電子機器が輸出できなかったため、国産の電子システムに置き換わっています。

1987年、小松基地所属の第303飛行隊、通称ファイティングドラゴンズはF-15Jを受領し、航空自衛隊で5番目のF-15飛行隊になりました。

同飛行隊が2003年に開催された戦技競技会に参加した際、機体上面に大きな白龍を描かれた本機が登場しました。

キットについて

ハセガワの定番商品E帯より発売されているF-15Jとプラッツより発売されているNBM21デカールシリーズ「航空自衛隊 F-15J 2003戦競 第303飛行隊”白龍”」を使用しました。

イーグルは好きな機体で過去にF-15C,F-15Eを作ったことがありますが、F-15Jは今回が初めてとなります。

発売から随分時間が経っているキットですが、モールドの繊細さや合いの良さなどは今の目で見ても遜色ない商品だと思います。

インテークは実機のように可動することはありません。個人的にはインテークを下げているシルエットが好きなのでちょっと残念です。なお、プラッツより発売されているF-15は下げた状態を再現することができます。

発売時期が古いため、部隊マークが古いことと、多段階能力向上計画(J-MSIP)や近代化改修による機体の改修が再現されていませんが、これは致し方ないですね。

エンジンは部品点数が多く、組み立てには根気が要ります。ランディングギアの接着はカッチリ感がなく、一昔前のハセガワ製品らしさを感じます。ある程度慣れた方向けの印象はあります。

今回社外品のデカールを使用しましたが、キットのデカールより硬く、脆いため取り扱いには気を遣いました。表面のツヤが強く、そのままだとデカールの後付け感が目立ちます。

糊もやや弱いため、マークセッターなどでしっかり定着させる必要があります。

前回の記事でも書きましたが、何より寸法が違ったり、指示があいまいな点が最大のハードルとして立ちはだかりました。googleの画像検索には何度もお世話になりました。

パーツを間違えたり、デカールを破いてしまったりしたため大分難儀しましたが、一番好きなマーキングの機体をなんとか作り上げることができました。