今回紹介するのはハセガワの1/72スケール F-4G ファントムⅡ “エジプトⅠ”です。過去の作例とともに実機とキットを紹介していきたいと思います。
注:尾翼を破損しており下反角が再現できていないことと、ピトー管が垂れてしまっています。
F-4 ファントムⅡについて
F-4 ファントムⅡはアメリカ合衆国のマクドネル社製の艦上戦闘機です。アメリカ海軍、空軍、海兵隊で配備されたほか、自由主義陣営各国へも輸出され総生産数5,000機を超えたベストセラーとなりました。
当初、愛称は悪魔を意味する”サタン(Satan)”または太陽神を意味する”ミトラ(Mithras)”と命名する予定でしたが、政府の指示により”ファントムⅡ”という名前にあらためることになりました。
かつて、マクドネル社が開発した世界初の実用ジェット戦闘機FH-1”ファントム”がありますが、生産数の少なさや運用期間が短かくマイナーな機体のため、本機を”ファントム”と呼ぶこともあります。
1952年、アメリカ海軍による超音速戦闘機の提案依頼においてチャンスボート社のF-8が採用され、マクドネル社はそれまで3機種に渡ってきた艦載戦闘機の受注を失うことになりました。しかし、マクドネル社の提案した双発戦闘機は将来性が見込めたため改良作業が続けられました。その結果、1954年のアメリカ海軍航空局の全天候戦闘機の提案要求にてマクドネル社が受注契約を結ぶことに成功し、F4のプロトタイプ、XF4H-1の製作につながりました。1958年にエドワーズ空軍基地でXF4H-1は先述のチャンスボート社のF-8試作型であるXF8-Uと比較審査の結果、量産原型機の発注に成功しました。
競合のF-8に見られるように、これまでの超音速戦闘機は単座の細い機体構成だったことに対して、寸胴な胴体と垂れ下がった尾翼のスタイルにより「翼の折れた鳥」、「見にくいアヒルの子」という評価を受けました。
この垂れ下がった尾翼は本機の大きな特徴の一つで、その下反角は23.5度あります。これは風洞試験の結果、方向安定性を維持するために大きな尾翼が必要であることが判明しましたが空母へ格納する必要性から垂直尾翼をこれ以上高くできないため、水平安定板を下げて面積を稼いだ結果、このような形となりました。
また太い胴体にも理由があります。アメリカ海軍からの要求に半径250海里、2時間以上の戦闘航空哨戒能力が求められていたため、燃料消費の激しい大出力のエンジンであるJ79に合わせて胴体と主翼に大量の燃料を搭載できるよう設計されました。
J79エンジンを2基装備したことで最大離陸重量は28,030kgとなりました(先述のF-8は15,420kg、その後登場したF-16Aは14,968kg)。この優れた兵器搭載量を活かし、無誘導爆弾から精密誘導ミサイルまで幅広い兵装を搭載し長期間にわたり防空、攻撃、戦術核攻撃、戦術偵察などあらゆる任務に使用されました。
開発当初は超音速戦闘機の戦闘は機関砲では難しいため、ミサイルによる空戦が主体になるという考え(ミサイル万能論)から格闘能力よりも航続距離や速度を重視したミサイルキャリアーとして設計されました。しかし、大きな主翼と大推力エンジンにより、当時のセンチュリーシリーズと呼ばれるアメリカ空軍の機体よりも空戦性能が高かったため、アメリカ空軍も本機を採用することになりました。
コクピットは当時としては洗練された設計で光学式の照準器やスロットルレバーや操縦桿に取り付けられたスイッチ類はパイロットの操縦を円滑にする配慮がなされていますが、現在の戦闘機に比べるとキャノピーは低く、前方視界が悪いため空母への着艦が難しいという弱点があります。
F-4Gは1978年から運用が始まった機体です。
敵地の地対空ミサイルの発見と制圧を主任務とする敵防空制圧任務(=SEAD、通称:ワイルドウィーゼル)に使用するため、20mmバルカン砲の代わりにAPR-38レーダー警戒装置が機首下面、アンテナが垂直尾翼にそれぞれ取り付けられ、対レーダーミサイル(AGM-45 シュライク、AGM-78 スタンダード、 AGM-88 HARM)を装備していることが特徴です。
1400機ほどが生産されたF-4Eの内、116機がF-4Gに改修され、深部攻撃の要として1996年まで運用されました。現在ではワイルドウィーゼル任務はF-16のブロック50/52に引き継がれています。
キットについて
ハセガワから発売された1/72 ファントムⅡのバリエーションキットです。E帯などの定番商品ではなく、限定品になります。垂直尾翼のテイルコード”WW”はワイルドウィーゼルを表しています。
ノーズや尾翼上部と胴体のアンテナ、コクピットのパーツなどを追加したNランナーが付属するほか、エジプトⅠと呼ばれるグレー系の迷彩仕様に仕上げるための塗装指示書が別紙で付属します。
このキットに武装は付属しないため、別途調達する必要があります。
今回はワイルドウィーゼル任務の兵装を想定し、ハセガワのエアクラフトウェポンⅣのALQ-119 ECMポッドとAGM-78 スタンダードミサイルを使用しました。胴体下に取り付けている3発のAIM-7スパローミサイルはジャンクパーツから流用しています。
ベースとなるキットは2020年現在、1/72の決定版と評されるキットです。
このキットはF-4C~F-4Gまで多種多様なバリエーションを展開するため、パーツの分割がやや煩雑な印象があります。分割は多いものの、位置を合わせるためのダボが少ないため、ズレがないように慎重にパーツ同士を接着する必要があります。また、プラモデルの成形に使用される金型が長期間に渡り使用されてきたため劣化しており、モールドがところどころ甘くなっているため全体的にスジボリを彫りなおした方が良いと思います。
個人的にこのキットの最大の関門がランディングギア周りの組み立てにあると思います。ギアと胴体の接着面が小さく、先述の通り位置決めのダボが少ないため正確に取り付けることに苦戦しました。メインギアが内側に向きがちで、放っておくと機体が水平に保てなくなったり、ギアが根元から取れてしまいます。この強度不足にギアベーンの取り付けのややこしさが拍車をかけ、組み立てには根気が要求される感が否めません。
ついでに尾翼の取り付けピンも細いため、注意が必要です。この作例は左右とも完成後に折れたため、真鍮線に置き換えています。23.5度の下反角は再現できていません。
総評
ここまでいくつかの不満点を挙げました。「本当にベストキットか?」と思われるかもしれませんが、タミヤ(イタレリ)のキットは凸モールドで、フジミのキットは凹モールドで組み立てやすいもののディテールがあっさりしており情報量が不足気味です。加えて両社とも流通が少なく入手しにくいという短所があり、ハセガワのキットのディテールと流通量やバリエーションの豊富さには適いません。
強度不足は難しい問題ですが、慎重に位置決めをしながら組み立てて、モールドを彫りなおしてやれば情報量の多い格好いいファントムが出来上がります。丁寧に組むことを要求される分、それに見合った出来と達成感を味わえる面白いキットという印象があります。
ファインモールドから2020年夏に発売される新規金型のキットも楽しみですね。